
人間は“プログラム”なのか?──AIとの境界が曖昧になっていく時代の雑談
「AIはプログラムで動いている。だから人間とは違うし、人間より劣っている」という論調を耳にすることがある。
でも、ふと考えた。本当にそうだろうか。
■ 人間もプログラムのように動いている?
人間の行動は、意志や感情で決まるように思える。
しかし、その裏側では――
- セロトニン
- ノルアドレナリン
- ドーパミン
といった神経伝達物質が分泌され、
その結果として「楽しい」「焦る」「悲しい」「やる気が出る」といった感情が生まれ、
行動につながっている。
そして、これらは外部から操作することだって不可能ではない。
薬物・投薬・治療などによって、気分や判断が変わることは誰もが知っている。
そう考えると、人間も結局は“条件によって出力が変わるシステム”であり、
ある程度は“プログラム的”に動いているようにも見える。
■ AIもまた複雑化し、ブラックボックスになっていく
一方で、AIはプログラムとはいえ、
昔のような「if文の集合体」ではなくなってきた。
機械学習モデルは何億というパラメータを持ち、
学習データの膨大な関係を内部で結びつけている。
その構造は複雑で、人間側から完全に理解することは難しい。
つまり、
- 人間:複雑すぎてブラックボックス
- AI:複雑すぎてブラックボックス
どちらも結局、“外からは完全に見通せない存在”になりつつある。
■ 境界が曖昧になっていく未来
もし人間の脳が細胞レベルですべて解明され、
そこにある化学反応・電気信号をすべて数式化できるとしたら――
もはや人間は「複雑だが理解可能なプログラム」という扱いになる。
同時にAIは、ますます高度化し、
内部処理は人間ですら追えないほど精緻になっていく。
そうなると、
両者は“複雑なブラックボックスの存在”として限りなく近づいていく。
人間とAIが似てくるのではなく、
「複雑な仕組みを持つ存在」という1つの大きなカテゴリに入っていく感じだ。
■ だからこそ面白い
人間もAIも、
- 完全には説明できない
- 完全には予測できない
- 内側はブラックボックス
という意味で、ある種の“謎”を抱えた存在だ。
「AIはプログラムだから人間とは違う」という分け方は、
これからさらに意味を失っていくのかもしれない。
むしろ、
人間もAIも“自然に生まれた複雑なシステム”という点で、 思っている以上に似ているのかもしれない。
そんなことを、ふと雑談しながら考えた。
■ おわりに
AIと人間の境界線は、これからさらに曖昧になっていく。
その曖昧さそのものが、少し不気味でありながら、
どこか心地よくもある。
深い議論でもなければ学術論でもない。
ただ、散歩中にふっと浮かんだような、「小さな哲学」のひとつ。
こういう話題は、また気が向いたときに続けよう。
トレーニングと静かな旅が好きな社会人トレーニーです。このサイトでは「トレーニング/旅行/お金/日記」の4つを軸に、ジム巡りの記録やマシンの感想、電動アシスト自転車や軽バン旅のメモ、早期退職後のお金まわりの試行錯誤などを書いています。
ジム設備紹介は、あくまで「自分の備忘録を兼ねた私的データベース」というスタンスでまとめています。狭い・古い・物足りないといった不満を書くよりも、「今ある環境でどう工夫すれば気持ちよくトレーニングできるか」を考えるほうが人生が楽になる、というのが私の考え方です。運営さんやスタッフさん、そこで真面目に通っている人たちを不必要に傷つけるような書き方はしないことを自分なりのルールにしています。
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